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マグロの心臓

この正月は仙台へ帰省した。

本来は故郷・青森へ帰省するところ、夏に両親が仙台の弟の所へ身を寄せたので仙台への帰省となった。

新潟~山形と雪の中を進み、東北道に乗る頃には周囲に雪が見えなくなった。

日本海側と太平洋側ではこうも違うものかと驚く。

まして、けっこう北上しているのに。



塩釜神社へ参詣。

正月五日ともなればもう初詣でも疎らかと思いきや結構な人出である。この社の賑わいがうかがわれる。



高台に位置する神社から塩釜港を望むと大きな船の停泊しているのが見えた。

塩釜港



塩釜港の市場に立ち寄った。

港は震災で所々岸壁が陥没し、その復旧工事が進行中の様子。

昼近くの市場の中は午前の賑わいが一段落した後なのかのんびりとした雰囲気で、片付けを始めている店もある。

広い屋舎の中に小さな専門店がずらりと並んでいる。

青森の古川市場と似た佇まいで懐かしい雰囲気。

「今日は親戚が来るから早仕舞だ」

そんな会話も聞こえてくる。

福島方面の方言に似ているなと思った。

東北弁にも日本海型と太平洋型があるようだ。

何れにしても、土地の人が土地の言葉で会話している様子には心が和む。

塩釜は捕鯨の町石巻にも近く、期待通り鯨を扱っている店が多い。

鯨はオドサマの大好物なのだ。



白い鉄道のレールを数本並べた様な形の見慣れない物を持っているお父さんに「それは何ですか」と尋ねると、

「鯨の腹の皮。ほら、鯨の腹は白くて縦にしわがあるでしょ。そう、あれあれ。これをよく塩で揉んでから湯掻いて薄切りにして食べると美味い。鯨のベーコンしってる?そう、あれあれ。これで17万円。仕入れておいたんだけれど暮れからナメタガレイを売るのに忙しくてね。これから始末するところだ・・・」

といったことを話してくれた。

奥さんがまな板の上の腹皮に大量の塩をまぶしてワシワシと揉み始めた。



腹皮は値段を聞いてたじろいでしまったけれど、ほかにも好奇心を掻き立てる珍奇な食材が豊富で見て歩くだけでも楽しかった。

レバ刺しのような物の試食が出ていた。

「本マグロの心臓です」

レバ刺しに飢えていたオドサマの目に、その赤黒い切り身はあまりにも魅惑的に見えて楊枝で一片、醤油にちょいと浸けてパクリ。

「ワ~血なまぐさいっ!」

隣で試食をした女性が声を上げた。確かに・・・。

口中に青魚の血液の風味が広がった。



たしか以前読んだノンフィクション「マグロ土佐船」に描かれていた場面だったと思う。

釣り上げたマグロは生きているうちにエラと内蔵が抜き取られるが豊漁の時の甲板上は血と喧騒の修羅場と化すという。

それが落ち着くと甲板上に散らばった内臓の中から、それを好む船員が心臓を拾い集め、賄いに利用する・・・といった情景。

以来、いつか食べてみたいと憧れていたのである。

テレビの「大間のマグロ」番組でも心臓は神棚に供えられて、食すのは仕留めた漁師の特権とされていた。



この日市場で買い求めた品物は、ミンククジラの赤身肉、赤ナマコ、本マグロの目玉・頬肉・心臓。

マグロの心臓は3個で千円。

帰り道、口の中がいつまでも鼻血の後のように血なまぐさいのには参った。

強い焼酎で口を洗いながら食べるべきだと思った。



さすがに半日血なまぐさい思いをしたら、その晩はマグロの心臓は食べる気になれず冷凍にしておいた。

鯨の刺身、マグロの頬肉ステーキ、目玉煮、酢ナマコで飲んだ。

クジラ刺身

マグロ頬肉ステーキ

マグロ目玉煮

酢ナマコ



マグロの心臓は新潟に戻ってからレバ刺しに倣って食べてみた。

マグロの心臓刺身1

ニンニクと生姜、長ネギ、胡麻油でタレを作るが、

塩味にするか醤油を使うかは好みがあって、オドサマは醤油派。

マグロの心臓刺身タレ

本当に見た目にはほぼレバ刺しである。

マグロの心臓刺身2

生臭さはやはりあって、駄目な人は駄目だろう。

でも薬味と胡麻油の風味でかなり緩和される。

まさに魚の血を食している様な感じ。

マグロの心臓刺身3

これも慣れると病みつきになる食べ物かもしれない。

北極圏のイヌイットの人達なら、きっとウマイウマイと言って食べるのではなかろうか。

今度は火を通して食べてみよう。



後日、偶然観たNHKの番組で

大西洋沿岸の何処かマグロ漁の盛んな町のことが取り上げられていた。

マグロの卵巣を塩蔵し、干してカラスミのような物を作り、同様に心臓も塩干しされて堅そうな黒い塊に加工されていた。

どのように利用するのだろう・・・。

お宝は冷凍庫にもう2個ストックしてあるので、色々試してみようと思う。






テーマ : 料理
ジャンル : 趣味・実用

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No title

オドサマ、こんにちは。

我田大さんという方のご本だったと思うのですが。手に入れたキジを〆、骨まで叩いて食べるくだりが、思い出されました。
つらい、せつない、わるいことをした、かわいそう、でもうまい。そういうことですよね?
若鶏は水っぽいですもんね(笑) 〆てさばいて料理という一連の大仕事をされたのですもの、充実感とともにおいしさもいっそうかと。反省など要りません。はい。

-------
〝昔の子ども〟から、昔の話をお聞きできるチャンスが、再度あるかもしれません。民具に呼ばれたひとが幾人も展示会に来てくださり、思いがけない波及効果と言いますか、「縁」がつながり、学芸員さんと驚き、喜び合っています。すみません、余談でした。

Re: こんにちは

草子さま> 命を頂くといえば、一昨年、地元で養鶏をされている方からあまり卵を産まなくなった鶏を貰い受けて、初めて自分の手で廃鶏の処理を行いました。飼い主さんはプロの生産者ではなく、自家消費用の卵を採るのを楽しみに愛情を注いで飼育をしてきたので、とても自分の手に掛けることは出来ないわけですね。
 話を頂いてからの二週間ほどは、手際の良い方法を調べに調べ、イメージし、寝ても起きてもそのことで頭がいっぱいでした。生き物の生が奪われて物になり、それが食べ物になるわけですが、普段僕らは生を抜かれた後にだけ関わっていますよね。殺生は本当につらいものですが、それを常に他人に依存していることに罪悪感があったので、あえて手を挙げた次第です。
 「生き物」を胃袋に収めるまでの一通りは、自分にとっては反省の儀式でもあったわけですが、いわゆるヒネ鶏は普段食べている若鶏とはかなり異なり、厚々とした皮の美味しさが絶品でした・・・反省が足りない? ^^;

こんにちは

オドサマ、怖いほどワイルドです…いのちに対する畏敬の念を、ググッと引きずり出されるようなワイルドさ。こりゃあ、わたしごときには無理です。素直に降参いたしますw あ、でも、目玉煮あたりまでは、いけるかもしれません^^

食育なんかで、よく「いただきます、は、いのちをいただきますということなんだよ」などと教えているようですが、切り身の焼き魚やトンカツくらいじゃ、いのちをいただくイメージは、あまり描けないかもしれないですね。これくらいリアルなのがいいんだろうなー、と思いながら拝見いたしました。

星野道夫さんも、こういうのを、イヌイットの人たちと食べたのかしら。ワイルドな食べものは、心身タフなひとに似合うように思います。食べることは生きること。食べものの選択は、生き方につながっているのかもしれませんね。

今日のこちらは、めずらしくよいお天気です。野菜、干しています。では、また^^
プロフィール

オドサマ

Author:オドサマ
郷里の津軽地方ではナイスミドルをオドサマと呼びます。まだそれほどの年齢でもないのですが、故郷への親愛をこめてハンドルネームとしています。現在は新潟県東頸城在住です。古代、東北は採集民の楽土であったといいます。その血統によるものか、自然の中で食材の採集を楽しみ、調理を楽しみ、食べることを楽しむことで、日々心身が満たされています。そんな喜びをブログを通して多くの方にお伝えできればと思っています。

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