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2017 秋の仙台行き(2)



朝7時に仙台の実家に到着して焼き魚の朝食を食べた。その後、母と弟は温泉へ出かけていった。膝の悪い母は温泉を喜ぶのだけれど、父の介護でなかなか行ける時間が取れないようだ。

目的のセミナーは昼過ぎからで、懇親会も二次会までしっかり申し込んである。今朝方の車中での3時間ばかりの仮眠ではやや不安なので少し眠っておこうと思ったのだけれど、横になって目を閉じても何故か眠れない。何となく父の様子を見に行くと、父はキョロリと目を開けていた。

「まま、くったの(ご飯は食べたの)?」
「くったぁ」

母が朝食を摂らせてから出掛けたのは知っていたのだけれど、認知の程度を確認しようと思って話しかけてみた。

「体の調子はどんだの(どんななの)?」
「・・・調子は・・・いい」

先日発熱があった際には「そろそろ心の準備をしておいて下さい」と医師が話していたそうなので、あまり体調が良い筈はないのだけれど、尋ねれば常に「いい」と答える。それでも返答が出来ているので、悪いなりにも今日は体調が良いのだろう。

「樺太で暮らしてだころは、どごで(何処で)住んでだの?」
「・・・◯☓△」
「え?」
「・・・◯☓△」
「ん?」
「・・・アレくれば、わがる(母がくれば、わかる)」

夏は戦争が話題になる機会が多い。先日も太平洋戦争の終結時に樺太で起こった惨禍を伝えるテレビ番組が放送されているのを観た。日本の北端と南端では、降伏の後もさらに多くの人々の命が無為に失われていた。そんな最中に出航した引揚船に、9歳の父は祖母と3人の妹と乗っていたのだ。祖父と3人の兄たちは樺太に残った。時化の海での引揚船の状況がいかに悲惨であったか、酒に酔った父が語るのを、子供の頃に幾度か聞いた憶えがある。

「マオガ(真岡)は違うの?」

呼び水になるかと、スマートフォンに表示させた地図を見ながら樺太の中心地だった街の名を告げてみた。

「・・・シシカさいだ(にいた)」
「シシカ?」

地図の中に該当する地名を探した。「敷香(シスカ)」という地名があった。ソ連と国境を接する、当時の日本の最北端の街だった。

「ポロナイ川(幌内川)って知ってる?」
「しってる」
「鮭だなんていっぺ上るんだべな(鮭なんかたくさん遡上するんだろうね」
「みだことねばって、のぼべな(見たことはないけど、上るだろうね)・・・」


温泉から帰宅した母と弟に父との会話のことを話した。母は父が樺太で暮らしていた街の名前など知らなかった。二人とも、父にまだそんな会話ができる能力が残っていたことに驚いていた。

1時間ばかりでもと横になったけれど、階下から
「あれっ、まんだやった、どすのこれ(あら、またやった、どうするのこれ)」
という母の声が聞こえてきた。どうやら父が禁断の悪戯をやらかしたらしい。

結局眠ることは諦めて、午後のセミナーへと向かった。

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Re: No title

don chi 様、こんばんは。

同じ番組をご覧になっていたようですね。
樺太のことはこれまで、沖縄ほどには取り上げられてこなかったので、
私自身、あれほどに悲惨な状況があったとは思っていませんでした。
なぜなら樺太に残った祖父も、父の兄たちも、無事に帰還していたので。
それでも祖父は3年余りも抑留生活を送ったようです。

お父様の体調が芳しくないということで、心配ですね。

健康が損なわれて体が思うようにならなくなると、
おそらく他の誰かのために頑張ってきた人ほど、存在感覚を見失うのではないかという気がします。

大黒柱としての力強さが無くなったとしても、家の歴史を長く担ってきたお父様ですから、
愛娘から例えば家族の思い出話とか、何かの作業の仕方とか尋ねられたりすると、少し元気になるかもしれませんよ。

是非いつまでも頼りない娘として、お父様に寄り添ってあげてください。
いつもコメントありがとうございます。それではまた(^^)/

No title

オドサマ、こんにちは。

同じ番組かどうかわかりませんが、NHKなら、わたしも観ました。ほんとうに悲惨で、あのような状況下を、お父さまが生きて来られたこと自体が奇跡に思えます。そして、おかげんのよくない中でも、この日は体調がよかったことに、他人事とも思えない「光」を感じました。

この夏、うちの父は、2つの医院に処方された薬の飲み合わせ(血圧を下げる薬と、関節炎の痛み止め)がわるく、ガタガタッと弱ってしまいました。一時は母と、葬儀の心配をしましたが、その後それなりに回復をして、ゆっくりながら自分で歩けるまでになんとか戻りました。
母の買い物に付き合うついでに、父も車に乗せて外の空気を吸ってもらうようにしているのですが、車から降りようとしなくなりましたし、母を待つ間の退屈しのぎに買ってあげていた缶ジュースも今ではもう半分しか飲めません。父にはいつまでもスーパーマンでいてほしかったけど、そういうわけにはいかなくなってしまいましたね。

オドサマの記事更新、いつも楽しみにしてます。ではまた~^^
プロフィール

オドサマ

Author:オドサマ
郷里の津軽地方ではナイスミドルをオドサマと呼びます。まだそれほどの年齢でもないのですが、故郷への親愛をこめてハンドルネームとしています。現在は新潟県東頸城在住です。古代、東北は採集民の楽土であったといいます。その血統によるものか、自然の中で食材の採集を楽しみ、調理を楽しみ、食べることを楽しむことで、日々心身が満たされています。そんな喜びをブログを通して多くの方にお伝えできればと思っています。

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