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ニシン



正月に仙台へ行って、ヨーカドーの魚屋でニシンの切込みを見つけてニヤついている僕を見て、母が呆れたように微笑んだ。午後には上越へ戻るのでお土産さがし。

銀だこの鯛焼きが目につき、母も食べたことがないと言うので一つ買い、テイクアウトのコーヒーを探しにいって戻ると、母はすでに鯛焼きを食べ終えていた。半分ずつ食べようかと思っていたのだけれど。

ほぼ寝たきりとなった父の顔を、帰り際、これが今生の別れになるかもしれないと毎回こころしてながめるのだけれど、ますますオランウータンの赤ちゃんのような顔になっていて悲壮感がわかない。「だれだったかな?」という目でこちらを見ている父に、「へばまだね(それじゃあまたね)」と言って帰路についた。


ニシンの切込みは生のニシンを細かく刻み、塩と糀と赤唐辛子で漬け込んだような食べ物だ。ニシンの塩辛と言っても良いかもしれない。温かいご飯や辛口の燗酒のあてにすると柔らかい脂がふわりと口に広がってこの上なく旨い。

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ニシンを食べると小学生のときの担任の木村先生の話しをいつも思い出す。先生の話しはこうだ。

貧しかった少年時代、当時はニシンが豊漁で、青森港の岸壁で毎日大量に運び込まれる木製のトロ箱からこぼれ落ちるニシンを子供が拾ってもそれをとがめる大人はなく、家に持って帰ると母親がそれを七輪で焼いてくれて、腹にはズッシリと数の子が詰まっていて、クツクツと滲み出してくる脂が七輪の赤い炭に落ちるとジュワッといい匂いの煙が立って、その焼きたてをハフハフと食べると・・・

たびたび授業から脱線して語られるそのエピソードは3年生から5年生までの間に幾度も聞いた。そしてそのたびにニシンが食いたくて気が狂いそうになった。

近眼の人が老眼になったときにそうするように、先生はよく縁の太い眼鏡を頭にはね上げて机に向かっていたけれど、実は意外なハンサムで、彫りの深い目は虹彩の色が薄く、今になってアメリカの俳優に似ている人がいた気がして記憶を辿ってみたら、ヘンリー・フォンダという俳優だった。

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(奥の人)

卓球部の顧問で、練習で素振りをするとき、両手の指先を眼前で合わせるようにして「額の前で山をつくるように」と指導していた。いつか悪さをして本気のビンタを食らったとき、先生が額の前で山をつくっていたのを覚えている。ヘンリー・フォンダが悪童にビンタをかまして額の前で山をつくっている姿を想像してみて欲しい。


中学生の時に目を患い、青森から弘前までの通院で度々乗車した奥羽線の車内はいつもタバコで煙り、アルコールと干し魚の匂いが立ち込めていた。ビールにカンカイ(氷下魚)は温和な方で、ワンカップを並べて身欠きニシンをしゃぶっているような人達も当時は普通だった。

八分干しの身欠きニシンを醤油の実で和えてみた。

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醤油の実というのは造りかけの醤油のようなもので、大豆や糀の粒の残っているものをそのまま楽しむ。

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ニシンは思い出の多い肴だ。今日は少し深酒しそうだ。



テーマ : 料理
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

オドサマ

Author:オドサマ
郷里の津軽地方ではナイスミドルをオドサマと呼びます。まだそれほどの年齢でもないのですが、故郷への親愛をこめてハンドルネームとしています。現在は新潟県東頸城在住です。古代、東北は採集民の楽土であったといいます。その血統によるものか、自然の中で食材の採集を楽しみ、調理を楽しみ、食べることを楽しむことで、日々心身が満たされています。そんな喜びをブログを通して多くの方にお伝えできればと思っています。

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