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けずし(2014初夏帰省)

(ホヤミズ項からの続き)

初夏の青森へ帰省した2日目は、ねぶた囃子の練習に耳を傾けながら夕方まで岸壁釣りを楽しんだ。

滞在中に立ち寄りたい店などは友人と事前に相談していたのだけれど、日曜の夜はことごとく休業日で夜の徘徊先が定まらない。

「街なか温泉(青森駅近く)で風呂さ入って、新町(駅付近)で飲んで代行で帰るが」
「雲谷温泉さ入りてな。観光通りさいい飲み屋ねべがな」

結局、一旦家に車を置いてバスで温泉まで行き、とりあえずはそこで入浴を済ませて生ビールを飲もうという方針が決まった。

友人宅でバスの時間までご両親と話しながら缶ビールを飲み、時間を見てバス停へ向かった。

「千葉食堂のそばも食ってみてがったな(食べてみたかったね)」
「んだな(そうだね)」
(※青森市内で「そば」は概ね中華そばを指す。蕎麦は別途「きそば」と呼ばれる)

僕らが物心ついた頃から営業を続けている食堂である。
子供の頃、出前といえばいつも千葉食堂だった。
たいがいは中華そばかカツ丼。
でもここ三十年は食べていない。
長い間には味を変えているかもしれないけれど、スープを一口啜った時に
「うわあ~この味だ~!!」
という感動を味わえそうな気がするのである。
味覚・嗅覚の記憶というのは失われにくいものらしい。

かつて賑わったスーパーのあった場所が更地になっていて、その前に停車しているバスを見ながら、

「どす(どうする)?」
「どす?」

二人ともすぐ先にある千葉食堂の中華そばが気になるのである。

「そばけばビールまぐねぐなるな(ラーメン食べるとビールがまずくなっちゃうね)」
「んだな(そうだね)。千葉食堂で飲んでまるが(飲んじゃおうか)」
「んだな。バスは?終バスだけど」
「やね、歩いていぐべし(いいよ、歩いて行こう)」

かくして向かった千葉食堂は、店内の明かりはついているもののカーテンが閉ざされていて、たったいま閉店したばかりの様子であった。懐かしの中華そばを食べそびれた二人の横を終バスが通り過ぎていった。

昔歩いた通学路を二人で歩いた。
母校の旧校舎近くにある温泉施設「かっぱの湯」までの道のり。


温泉に浸かり、友人より一足先に待合スペースに出て腰掛けていた。
マッサージコーナーの前に立っている女性が知人に似ていて、二度見して別人と察したけれど、視線に気付いたのか目が合った。慌てて視線を逸らした先にまた同じ女性に似た人がいて、今度は本人だった。

こんな偶然、確率にしたら何%になるのだろう・・・。
こちらから、声を掛けた。

「え?どうしたの?」

と、驚いて目を丸くした彼女に、帰省中であることを簡単に説明した。
小学4、5年生ぐらいの娘さんを連れていて、

「ママのお友達だよ」

と紹介してくれた。

「こんにちは」

と少女は見知らぬオドサマを見上げて屈託なくあいさつをした。
そのまっすぐな様子にオドサマはやや動揺しながら、少し上体を屈めて

「こんにちは」

とあいさつを返した。後から考えると「こんばんは」の時間帯であった。

二十歳前後の三年程を、毎日のように一緒に過ごした。
あまりに唐突だったので、お互いに何を話せば良いのか分からないような、ぎこちない、束の間の再会だった。

・・・この出来事のことを上越へ戻る車の中で考えていて、二つの直線が交差する様子が思い浮かんだ。
線が鈍角に交わるとき、線の接触は束の間だ。
それに対して鋭角に交わる線は長く接しているように見える。
でもやはり近づいた線はどこかの点で交差していて、いつかは離開していく・・・人は数多の人と鈍角に出会いながら、ごく稀にきわめて鋭角な出会いを経験するのかもしれない。そしてまた少しずつ、別々の人生を歩き出す。


かっぱの湯を後にして、酒処を探して歩いてみることにした。
やがて寿司屋の看板が灯っているのが見えてきた。

「小梅寿司」の店内では声の大きいオドサマ三人が赤ら顔で議論に花を咲かせていた。
怒っているのか喜んでいるのかよく分からない人達だ。
南部はどうだとか津軽はこうだとか言っている。
本州最北県の飲兵衛たちは三百年前から同じ話題で議論を続けているのだ。

生ビールで乾杯し、後は日本酒をチビチビ。
付出しのイカの塩辛が素晴らしく美味しかった。
やはり職人の手作りは違う。
スーパーで売っている合成食品のような塩辛とは全くの別物だ。
握り寿司ではウニが特に美味しかった。陸奥湾のムラサキウニだ。

寿司店を出てかっぱの湯に戻った。
ロッカーに腕時計を置き忘れてきたのだ。
半ば諦めていたのだけれど、時計は律儀にもフロントに届けられていた。
善意の人に感謝。


早く帰っても仕様がないと、タクシーは利用せずにコンビニでそれぞれアルコール飲料を買い、話しながら、飲みながら、歩いた。

遠回りをして縁の場所を巡った。
すっかり変わった風景の中にポコペンをした電信柱を見つけてペンペンと叩き、三角ベースのホームベースにしていたマンホールの蓋を踏んづけてみた。

友人の家の前まで戻ったけれど、歩き足りない二人はそこを通り過ぎてさらに歩き、コンビニでアルコール飲料を買い、話しながら、飲みながら、歩いた。


朝七時半には発ちますと、友人のご両親には話してあった。
起床して階下のリビングに降りてみると朝食が用意がされていて、置き手紙があった。

「カボ君へ。お土産の菓子と野菜を玄関に置いてあるので持っていくように」

と、書かれてあった。つっけんどんで温かい。

到着した日の晩に出してもらった特別なご馳走があり、それが朝食にも添えられていた。オドサマの到着する前の晩に仕込んだものだという。

DSC_0629.jpg

「けずし」という。
ネマガリタケ、ワラビ、ミズなどの山菜に、身欠きニシンが入った山菜の飯寿しである。
新しいものは新しいもので美味しいし、日が経って乳酸発酵が進んだものもまた美味しい。
オドサマにとっては魂が揺さぶられるようなソウルフードである。
思いのこもった有り難いご馳走。


上越の方言では、例えば小豆粥のことを「あずきんけ」と言ったりする。
そうしてみると「けずし」の「け」もきっと、「粥」のことなのだろうなと今になって思う。
新潟と青森はずいぶん離れているし、方言も全く別物だけれど、ときどき言葉の共通性を見出すことがある。
それらは千年の昔、蝦夷と呼ばれた人達が話していた言葉なのかもしれない。


七時半出発の予定が八時半になってしまったが、畑仕事から一旦帰宅した母君と顔を合わせることが出来た。

「おめだえのママさそごの地蔵様ひとっつ持っていげじゃ(あなたのお母さんにそこのお地蔵様をひとつもっていきなさい)」

下駄箱の上に可愛らしい手作りのお地蔵様が五体並んでいた。
手芸も得意なのである。きっと忙しい合間の楽しみなのだろう。
一種の祈りであるのかもしれない。

140719_191547.jpg

母君に見送られ、友人と一緒に父君の作業している畑に向かった。
父君は「まんだこいへ(また来なよ)」と日焼けした顔で笑った。
友人はそのまま畑の手伝いだ。二人に見送られて帰路についた。

途中仙台に寄って老父の顔を拝み、頂いた野菜とお地蔵様を母に渡して行こう。

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

プロフィール

オドサマ

Author:オドサマ
郷里の津軽地方ではナイスミドルをオドサマと呼びます。まだそれほどの年齢でもないのですが、故郷への親愛をこめてハンドルネームとしています。現在は新潟県東頸城在住です。古代、東北は採集民の楽土であったといいます。その血統によるものか、自然の中で食材の採集を楽しみ、調理を楽しみ、食べることを楽しむことで、日々心身が満たされています。そんな喜びをブログを通して多くの方にお伝えできればと思っています。

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