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アカモクを拾って食べる



冬の間はとくに採集物もなく、雪の始末や何やらに忙殺されつつ、時間があればコタツで猫と寝て過ごす。毎年この時期は確定申告に泣かされるのだけれど、あいも変わらず現実逃避の日々。

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岩海苔の季節なので、2月下旬の日曜日、潮回りが大潮の日の干潮の時間帯を見はからって海岸に行ってみた。

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風が強く、時折雪も吹きつける中、カッパを着て階段状のコンクリート護岸に付着している海苔を摘まんでいると、手がかじかみ、腰が痛くなってくる。

「味噌汁の一回分も採れればいいかな…」

手のひら一杯ほどもあれば、それでまあまあ楽しめるのである。

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波打ち際にいると、15分程の周期で大きな波がやってきて慌てさせられる。ボールがさらわれ、せっかく採った海苔の半分ほどが流されてしまった。

呆然と立ち尽くし周囲を見渡すと、遠くまで全く人の姿が無い。砂地には緑もなく、寂しい風景である。海苔の時期に、休日で潮が大きく退く日はわりと希少なのだけれど、こんなことを楽しもうという人は今はもう少なくなったのかも知れない。

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打ち上げられていた海藻の塊。

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物色してみると、美味しいのが沢山混じっていた。

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アカモク。この辺りでは「銀葉草」の名で時期になるとスーパーにも並ぶ。調べてみると「ギバサ」の地方名があるので、それに漢字を当てたものかもしれない。「ながも」の名で売られていることもある。

今が旬で、生を刻んでお椀に入れたものに熱い味噌汁を注ぎ入れると茶色い色がサッと萌木色に変わり、生ワカメに似た芳香が立ちのぼる。めかぶのようなヌメリがあり、シャキシャキと歯応えも良く、茹でてから包丁で軽く叩いて酢醤油で食べるのも美味しい。

試みにカップヌードルに生のものを載せて熱湯を注いで三分間待ってみる。ワカメがそうだから、おそらくこの海藻も豚骨スープとは相性が良いのではないだろうか。

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夏に海水浴をしていてこの海藻が繁茂しているのを見つけ、歓喜して持ち帰り食べてみたことがあったけれど、まったくヌメリがなくモサモサとして不味かった。いま思えば生殖を終えた立ち枯れを食べていたのだから不味いわけだ。

雌雄異株で、2月のこの時期は枝分かれした細い茎に雌雄それぞれの生殖器をびっしりと付けている。春に精子が放たれ、受精するのだという。海苔は思うように採れなかったけれど、良いものを拾った。

「拾って食べる」という豊かさ。海辺に暮らす人達は昔からわりとそんな風に海藻を利用してきたのだ。たくさん落ちているけれど、欲張って持ち帰っても食べきれないので、ヌメリが強く歯触りの良いさや状の生殖器がたくさんついた部分を選びながら採取した。

アカモクは水洗いして砂を落とし、茹でて刻んでどんぶりに酢で和えておいた。そうしておくとわりと日保ちが効く。好きなだけを取り分けて、醤油を垂らして食べる。

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岩海苔は弁当の味噌汁にした。

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海藻の青々とした香り。今年も冬を終えることができそうだ。

へそほや


(5月の連休に仙台へ行った時のお話しです・・・)


今回の帰省も行きは旧関川村から山形を通っていく経路。切り立った磐山の木々はまだ緑色も淡く、川は雪解けの水を湛えて翡翠色に流れていた。

小国町あたりの直売所で蕎麦を食べ、お店を覗いてみるとさすがは山菜の宝庫!!

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他ではあまり売られていない野菜山菜が多くて嬉しくなる。今回は行者ニンニク、赤コゴミ、洋ワサビを購入。

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赤コゴミは図鑑では「キヨタキシダ」という名で紹介されている。上越ではあまり見かけない気がする。

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アク抜きの必要もなく、茹でて胡麻和えにしたところパキパキと歯ざわりもよく、とても美味しかった。

洋ワサビは上越では「ごんぼうわさび」「畑わさび」などと呼ばれていて、英語ではホースラディッシュと言うらしい。上越で初めて知った食材だったけれど、食べてみると何故か本わさび以上に慣れ親しんだ風味で、実は粉ワサビの原料はこちらの洋ワサビだった。当方はこのワサビが好きで、ワサビの付け合せに刺し身を調達してきたりする。

行者ニンニクは仙台の実家で肉や刺し身のトッピングに大活躍した。食べたことがない方のために一応説明すると、味覚も料理への応用も、ほぼニラと思って間違いない。北海道が主な自生地で利用も活発だけれど、上越近郊にも自生があるようで、採集物を頂戴したことがある。


今回の帰省は父の八十歳の祝いということで兄弟で集合したのだけれど、主賓の父が肺炎で入院してしまい、病院で黄色いちゃんちゃんこを着せて記念写真を撮った。

仙台へ行くと魚屋さんを覗くのが楽しみで、今回もこんなものを発見して即買いした。

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ホタテの卵巣精巣の部分だけサッとボイルした半生加減のものがたっぷり入って、いくらだったか忘れてしまったけれど、たぶん嬉しいお値段だったはず。これは痛風の人には毒だけれど、当方は予備軍だと言われているのでまだ大丈夫。そのままを洋ワサビ醤油で堪能した。

上越へ戻る日に仙台中央卸売市場近くの「杜の市場」でお買い物。ホタテや特大殻付き牡蠣などを持ち帰り、家族に振舞まった。牡蠣は生にポン酢で食べたけれど、一口では食べきれない大きさだった。

それと珍品が一つ。
「へそほや」なるものが目につき、なんなんだと説明書きを読むと、ホヤを剥くときに石付きの部分を切り落とすのだけれど、この時に石付き側に少量くっついて切れてしまう身の部分を「へそ」と言うのだそうな。実は一番美味しい部分で、自分なら捌きながらチュルッといってしまうところである。それだけを寄せ集めて小袋に詰めたものということなので、これは贅沢。

ホヤTシャツ
(次女のパジャマTシャツ)

我が家でホヤ喰いザルは私だけなので、冷凍保存しておいたものを後日、昼食に食べた。昼からホヤ喰い。

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へそだけのホヤは内臓的な部分もないので色合いが上品で、醤油を付けながら食べたけれど、甘みがあって意外にも温かご飯によく合った。ウニ丼に近い感じ。

残った乳白色の汁を口にしてみると濃厚過ぎる潮汁のようで、海の滋味にあふれてはいるものの、にがりっぽい苦さがある。そこで試みに水で薄めてかつお風味調味料を少々、卵を溶き入れ、摘んできた野良三つ葉を入れて吸い物にしてみた。

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これが意外な美味しさで、南部八戸名物のウニやアワビの入った超贅沢なお吸い物「いちご煮」に近いものになった。

ホヤは奥が深い・・・また、ホヤの肥る夏が来る。



ニシン



正月に仙台へ行って、ヨーカドーの魚屋でニシンの切込みを見つけてニヤついている僕を見て、母が呆れたように微笑んだ。午後には上越へ戻るのでお土産さがし。

銀だこの鯛焼きが目につき、母も食べたことがないと言うので一つ買い、テイクアウトのコーヒーを探しにいって戻ると、母はすでに鯛焼きを食べ終えていた。半分ずつ食べようかと思っていたのだけれど。

ほぼ寝たきりとなった父の顔を、帰り際、これが今生の別れになるかもしれないと毎回こころしてながめるのだけれど、ますますオランウータンの赤ちゃんのような顔になっていて悲壮感がわかない。「だれだったかな?」という目でこちらを見ている父に、「へばまだね(それじゃあまたね)」と言って帰路についた。


ニシンの切込みは生のニシンを細かく刻み、塩と糀と赤唐辛子で漬け込んだような食べ物だ。ニシンの塩辛と言っても良いかもしれない。温かいご飯や辛口の燗酒のあてにすると柔らかい脂がふわりと口に広がってこの上なく旨い。

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ニシンを食べると小学生のときの担任の木村先生の話しをいつも思い出す。先生の話しはこうだ。

貧しかった少年時代、当時はニシンが豊漁で、青森港の岸壁で毎日大量に運び込まれる木製のトロ箱からこぼれ落ちるニシンを子供が拾ってもそれをとがめる大人はなく、家に持って帰ると母親がそれを七輪で焼いてくれて、腹にはズッシリと数の子が詰まっていて、クツクツと滲み出してくる脂が七輪の赤い炭に落ちるとジュワッといい匂いの煙が立って、その焼きたてをハフハフと食べると・・・

たびたび授業から脱線して語られるそのエピソードは3年生から5年生までの間に幾度も聞いた。そしてそのたびにニシンが食いたくて気が狂いそうになった。

近眼の人が老眼になったときにそうするように、先生はよく縁の太い眼鏡を頭にはね上げて机に向かっていたけれど、実は意外なハンサムで、彫りの深い目は虹彩の色が薄く、今になってアメリカの俳優に似ている人がいた気がして記憶を辿ってみたら、ヘンリー・フォンダという俳優だった。

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(奥の人)

卓球部の顧問で、練習で素振りをするとき、両手の指先を眼前で合わせるようにして「額の前で山をつくるように」と指導していた。いつか悪さをして本気のビンタを食らったとき、先生が額の前で山をつくっていたのを覚えている。ヘンリー・フォンダが悪童にビンタをかまして額の前で山をつくっている姿を想像してみて欲しい。


中学生の時に目を患い、青森から弘前までの通院で度々乗車した奥羽線の車内はいつもタバコで煙り、アルコールと干し魚の匂いが立ち込めていた。ビールにカンカイ(氷下魚)は温和な方で、ワンカップを並べて身欠きニシンをしゃぶっているような人達も当時は普通だった。

八分干しの身欠きニシンを醤油の実で和えてみた。

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醤油の実というのは造りかけの醤油のようなもので、大豆や糀の粒の残っているものをそのまま楽しむ。

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ニシンは思い出の多い肴だ。今日は少し深酒しそうだ。



テーマ : 料理
ジャンル : 趣味・実用

フジツボ(2015夏仙台帰省)



仙台で弟と暮らす両親のもとへ盆帰り。
夕方に上越を発ち、関川村から山形を経て深夜に宮城に入った。
車内で一眠りし、早朝、インターチェンジ近くの川で寄り道。

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釣り竿を出し、その場で捕まえたクモやバッタを餌にして魚の反応を探るも、当たり無し。
川は減水して魚の潜んでいそうなポイントも少なく、間もなく釣りは諦めた。


到着当日は父の受診に付き添った。
現在は3日と空けずに点滴を受けないと、血液中のアンモニア濃度が高くなり意識が無くなるのだという。
認知能力が低下して問題行動も多く、母や弟は毎日手を焼いて過ごしているらしい。
離れて暮していることを申し訳なく思う。

病院というのはとにかく待つところで、帰宅して遅い昼食を取りウトウトしたらもう夕餉の時間になっていた。
近所のスーパーで食材の買い出し。

イサキとカツオの刺し身、ホヤ、焼き鳥で晩酌。

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夕方のローカルニュース番組で地元のスキー場のユリ園の様子が映されていて、それを見た母が
「あらま~きれい」
と言ったので、二日目の予定が決定した。


翌朝、父の寝ている間に母とスキー場へ向かった。
道の両側が緑に覆われはじめると、もともと山菜採りの好きな母は採集者の目になって森の特徴を捉えはじめた。

「あら、赤松の林だ。きのごではりそんだの(キノコが出そうね)」

スキー場の近くにはキャンプ場もあった。
キャンプ場はキノコ散策には良い場所だ。
適度に人の手が入っていて風通しが良いのでキノコがよく出る。
それに母のような脚の弱った年寄りでも比較的歩きやすい。
良い遊び場所を見つけた。

スキー場の頂上にあるユリ園へ行くにはリフトに乗らねばならず、リフトの運行開始までだいぶ時間があったので周辺散策。

道端でツチカブリ(辛くて不味いキノコ)を見つけ、気配アリと森に少しだけ踏み込んでみたらチチタケが群生していた。
母を案内すると「わいは~」と感嘆し、膝の痛みが無くなったかのように動き出した。

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リフトに乗った母は

「初めて乗ったじゃ(初めて乗ったわ)」

と話し、途中頻回にリフトが停止するたびに何事かと動揺していた。
母のように花を見に来たお年寄りをリフトに乗り降りさせるのに係員も四苦八苦である。

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昼に帰宅すると父は用意しておいたオニギリにも手を付けずに大人しく寝ていた。
なにかやらかしているのではと寄り道を控えて戻ってきたのだけれど、まずはひと安心。
昼食は採ってきたチチタケを使って白河名物の温麺を作って食べた。

午後からはトイレに手すりの取り付け。
材料調達のついでに夕餉の食材も物色。
仙台のホームセンタームサシには食品スーパーが入っていて、けっこう品揃えが面白い。
今回は青森産のフジツボを見つけた。
しかも半額シール付き。
他にもツブ貝や、カラス貝(ムラサキイガイ)、ハマグリに似た千葉県産のホンビノス貝なども旨そうで、どれにしようか迷ってしまう。

「よしっ、今日は貝づくしでいこう(゚∀゚)」

ということで全部買い決定!

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貝喰いザルにとっては夢のような酒肴がととのった。
勤めから戻った弟も呆れたように苦笑いをしつつ目を輝かせている。
ヒラメの青唐辛子漬けとホヤも付けてなんとも贅沢だ。
父が若かった頃、よくフジツボで兄弟たちと飲んでいたものだと母が思い出を語った。
その頃は今のように高価な食材ではなく、カマス(藁などで編んだ袋)で買ってきて思う存分食べたのだという。

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フジツボは本当は貝の仲間ではなく、エビ・カニの仲間だ。
食味は他の食材では磯で採れるカメノテが最も近く、おそらく種族的にも近いのだろう。
たしかにその身はヤドカリを軟弱にしたように見えなくもない。
身をほじり出して口に放り込み、殻の中の汁を啜ると、エビ・カニに特有の濃厚な風味が口中に広がる。

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取り出したフジツボの身を父に勧めてみる。
父の中で失われてしまった何かがその味に反応するのではないかと、ふと期待してしまう。

「めが(旨い?)」

「ん?んん」

歯のない口でモニャモニャとフジツボの身を咀嚼しながら、父は真っ赤なトマトに箸をのばした。
父の萎縮した脳はフジツボよりも、食物感を湛えたトマトの赤に魅了されているようだった。



テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

ジャズと酒とクジラ



初夏のスキー場でジャズを聞きながら地域の味覚に触れる恒例の催しに参加した。
場所は上越市安塚区のキューピットバレイスキー場。

バイキング形式で種々の郷土料理が振舞われるなか、やはりこのイベントの目玉はクジラ料理である。

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(クジラの皮脂)

以前たまたま飲み会で同席したSさんと何故か臭い食べ物の話しとなり
「小泉武夫先生」
というキーワードで意気投合。

「いやぁ~、こんなところで小泉先生の名前を聞くとは思わなかった」と、Sさん。

小泉先生といえば知る人ぞ知る発酵食界のカリスマであり、オドサマにとっては憧れの人物。

Sさんは仕事絡みで小泉先生と繋がりがあるらしく、
「今度先生が上越に来る時は声かけるよ」
と応じてくれた。

ちなみにSさんはキューピットバレイの関係者で、その後、上越での小泉先生のクジラ食文化に関する講演会に誘ってもらい、以来クジラ(食)好きということで、今回の催しにも誘って頂いたのである。

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(クジラ赤身の刺身)

上越では昔から夏の滋養食としてクジラ汁が食されてきたらしい。
クジラ汁は、夕顔、なす、きゅうり、新ジャガ、ミョウガなどの夏野菜とクジラの皮脂を汁にしたもので、梅雨の湿暑の中でハフハフと啜れば汗がドッと噴き出す。
表面が鯨油でおおわれた汁は冷めにくく、アチチアチチと夕顔やナスに舌を焼き悶絶しながら胃袋に流し込む。
毎年季節になれば一度は食べておきたい味覚である。

クジラ汁をたらふく食べた翌日は顔が脂でテカテカして体から身欠きニシンのような匂いが漂い、水を浴びれば水滴が玉になって皮膚を滑り落ちる。
全身撥水状態で、シャワーの後もプルプルと体を震わすだけでバスタオルがいらないほどである。

本来なら気力充実精力満点となるはずのところだけれど、オドサマの場合はたいがい酒も飲み過ぎてひどい二日酔いになるので、無駄にテカテカした魚臭い半病人のようになって、おまけに脂の摂り過ぎで泣きながらトイレ通いをするというのがお決まりの光景である。

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(皮脂の味噌漬け)

今回も同席した初対面のご老人と意気投合し、クジラを食べながらチャンポン酒を呷り、気がついたら自宅で朝を迎えていた。
一体どうやって帰ってきたのだろう。また善意の人のお世話になってしまったのだろうか。


「おみやげ買ってきたの憶えてる?」

呆然と朝餉をつついていると冷ややかな表情で妻が言った。

「おみやげ・・・?」

まったく記憶に無い話だ。

「冷蔵庫に入ってるし、見てみれば」

うながされて冷蔵庫を開けてみると、そこにはクジラの皮脂の塊が入っていた。
これだけのものならさぞ値段も良かったろうと他人事のように思う。

酔っぱらいを自宅まで送り届けてくれたのは、会場で同席していたSさんのご家族であった。
感謝(TT)

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プロフィール

オドサマ

Author:オドサマ
郷里の津軽地方ではナイスミドルをオドサマと呼びます。まだそれほどの年齢でもないのですが、故郷への親愛をこめてハンドルネームとしています。現在は新潟県東頸城在住です。古代、東北は採集民の楽土であったといいます。その血統によるものか、自然の中で食材の採集を楽しみ、調理を楽しみ、食べることを楽しむことで、日々心身が満たされています。そんな喜びをブログを通して多くの方にお伝えできればと思っています。

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